先日リリースした『AWSの薄い本Ⅱ アカウントセキュリティのベーシックセオリー』は同人誌として2冊目になります。また今回は、サークル主として他のメンバー3冊の企画作りを少し手伝わせて貰いました。なので、何となく同人誌の世界も解ってきたと言っても良いような気がするので、すこしエラそうかもしれませんが、技術本の著者から見た商業誌と同人誌の違いを述べさせて貰います。
執筆時間
まず商業誌である『Amazon Web Services 業務システム設計・移行ガイド』は、384ページです。これに対して『AWSの薄い本Ⅱ アカウントセキュリティのベーシックセオリー』は104ページです。ページ数にすると。3.7倍の違いがあります。が、実は文字数ベースでいうと、もう少し大きな開きがあります。27万字と6万字で、4.5倍と差が開きます。
これは、同人誌フォーマットが紙のサイズもA5と小さく、文字が大きめというのが一般的だからです。もちろん商業誌でもジャンルによっては、同じような傾向のものもありますが、一般的には1ページあたりのボリュームは商業誌の方が多いです。
そしてここからは執筆の累計時間から1ページの生産性を求めてみましょう。厳密に測っていないし、商業誌の方は分担して書いたという違いはありますが、自分ひとりで書いたと仮定するとだいたいこんな感じだったと思います。
業務システム設計・移行ガイド: 500時間
アカウントセキュリティ本: 60時間
執筆時間は個人差が多く、私は割と執筆が早いほうです。人によっては、2倍3倍の時間が掛かることもあると思います。また、純粋に原稿に向かい合ってる時間なので、それ以外の構想とか検討、執筆後の校正の時間とかも入れていません。
印税率
そして、ここからが下世話ながらみんな気になる印税の話です。商業誌の印税率は、会社や本のジャンルごとによって違います。パターンとして多いのが8%なので、そこで計算することにします。著者に入ってくる印税は、刷り数×書籍価格×印税率になります。初版の刷り数は、これもケースバイケースですが、3,000部とします。(最近は、これより少ないケースの方が多いようですが。)そうすると、書籍代を3,500円とした場合に著者に入ってくる印税は次のようになります。
3,000(冊)× 3,500(円) × 0.08 = 84万円
対する同人誌です。ここはBOOTHという破壊的なプラットフォームがあるので、このBOOTHで印刷原価が掛からない電子書籍を前提とします。BOOTHの何が破壊的かというと、印税率ではなく単に販売手数料を取るというモデルなのです。そして、その手数料がたったの3%程度。つまり97%と殆どが著者の取り分となります。売上の計算に、書籍代を1,000円で100部売れたと仮定します。この100部は、技術書典7の平均頒布数が133冊から導出しました。技術書典というお祭りという特殊要因を抜いても、テーマ選定とマーケティングをしっかりすると、100部という数字は非現実な数字ではないです。
100(冊) × 1,000(円) × 0.97 = 9万7千円
この数字に執筆時間で割って、時間給を出してみましょう。
商業誌:840,000 ÷ 500 = 1,680円
同人誌: 97,000 ÷ 60 = 1,616円
ほとんど同じになりますね。そして、あまり割が良いものでもありません。では、それぞれヒットしたらどうなるでしょう?技術書の商業誌だと1万部売れたらまずまず大人気といえます。また同人誌だと500冊かなと思います。それぞれ売上を出した上で、時給を出してみましょう。
商業誌:280万円 ÷ 500 = 5,600円
同人誌:48万5千円 ÷ 60 = 8,083円
ここまでくると、時間辺りの単価としてはそれなりになります。が、エンジニアとして普通に働いているのと、それほど変わらないような気もします。で、私の場合はどうだったかというと、商業誌だと1万冊とか2万冊売れているのが幾つかありますし、同人誌の場合は前作が1,500円で1,500冊以上売れています。商業誌で1万部売るのと同人誌で500部売るのだったら、同人誌の方がハードル低いかなと思います。簡単単純な利益を追求するのであれば、私の場合は同人誌の方が今は実入りが良いというのが現状です。
企画
刷り数を踏まえた上で、じゃあ同人誌と商業誌は企画段階で何が違うのかという点です。これははっきりしていて、商業誌は出版社も利益を出さないといけないので、最低3,000部売れる、そして1万冊くらいは狙えるテーマを選ぶ必要があります。そうすると、世の中のニーズ的には10万人以上の潜在的な市場がある世界です。10万人となると、それなりにビックなテーマで、必然的に競合が多くなります。これに対して、同人誌は100冊売れれば充分なので、ニッチなテーマを選べます。この違いは大きいです。
大きな市場という意味だと、必然的には初級・入門的な内容になります。何故ならば、初級者より中級者・上級者が多い市場というのは、一般的には存在しないからです。逆に、同人誌は100部で良いので市場の大きさより競合の少なさの方が重要になります。そうすると、テーマの多様性が増え、中級・上級向けの本も多数でてきています。
この辺り、5年前くらいに考えていたようで、物理本の制約がなくなればと思っておりました。現実は、そっちに向かっているのかもしれませんね。
blog.takuros.net
編集者
じゃぁ単純に同人誌(個人出版)が今後増えてくるのかというと、そうでもないでしょう。商業出版では基本的に編集者が付きます。この編集者の役割というのは、やはり大きいと思います。著者という存在は、そのテーマにおいてはそれなりの知識を有しているものです。その著者が、そのまま文章を書くと同程度の知識を持つ人間ではないと、50%も伝わらないことが多いです。そこを助けてくれるのが編集者です。
私は10冊以上の商業誌の執筆経験がありますが、編集が入った自分の文章を読むと、やはり伝わりやすさが違います。また色々指摘された経験があるので、ある程度は編集者の視点で文章を校正することもできるようになってきました。でも、やっぱり編集者はいて欲しい。同人誌向けにエージェント的な編集者がいても良いのではと思っています。ちなみに、米国だとエージェントとしての編集者が主流で、書籍の企画から出版社への交渉まで著者側についてするスタイルが多いようです。日本も、こういったモデルが出てくるかなと予想しています。
まとめ
いろいろツラツラと書き連ねましたが、同人誌と商業誌のどちらが良いかという話ではありません。単に違いがこうだよと整理してみただけです。執筆に興味がある人は、同人誌というのも選択肢に入れても良いのじゃないかなと思います。私は、どちらの良さも知っているので、お声がかかる限りは商業誌でも書き続けますし、同人誌もしばらくは続けます。同じ執筆でも、プラットフォームを変えることで、見えてくるものが違うなということに気がついた次第です。今年はもっと色々なプラットフォームに挑戦するつもりです。
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