プログラマでありたい

おっさんになっても、プログラマでありつづけたい

「クラウドソーシングの衝撃」は、誰にとって衝撃なのか?

 先日の日替わりセールで買っていたクラウドソーシングの衝撃 (NextPublishing)を読みました。流し読みなので、後でゆっくり読むつもりだけど、頭に残ったの点は2つです。

  • 個人的に仕事を頼んでみたい
  • スキルをもった暇人の暇つぶしと比較されるプロはたまらんなぁ

個人的に仕事を頼んでみたい



1点目については、自分の苦手の分野のところを数万円くらいの金額でこなしてくれるのであれば、個人的にも仕事を頼んでみたいですね。最近はあまりしていませんが、個人的に自分が使うiOSアプリを作ったりします。自分用なのでアイコンやアプリ内のボタン等は、デザインもへったくれもないようなものになっています。クラウドソーシングが、その辺りいい感じのものが安価で発注できるのであれば、お願いした上でiTunes Storeとかに並べるのも面白いなぁと思います。また、もっと言うと、作りたいけど時間が取れずに取り掛かっていないものは山ほどあるので、プログラミングをお願いするのも今となってはありかもしれません。

スキルをもった暇人の暇つぶしと比較されるプロはたまらんなぁ



 この本を読んで、一番衝撃を受けたのが下記の1節です。

 ランサーズにコンペティション型の仕事として発注した。応募期間がわずか1週間であったにもかかわらず、152件の応募作品が集まり、その中の1件が記念ロゴとして採用された。この採用された記念ロゴは、実際に使用されており、同社のウェブサイトでみることができる。日活がこの採用されたロゴの製作者に報奨金として支払ったのは、わずか7万円であった。業界関係者の証言によると、この仕事を従来のように大手広告代理店やデザイン会社に発注した場合は、152件の候補デザインを出してもらうためには1000万円以上の予算と、3ヶ月以上の時間がかかったであるとのことであった。

 既存の広告代理店やデザイン会社に発注したら1,000万円掛かるはずだけど、クラウドソーシングだと7万円で済んだということです。それもそのはずです。仮に1作品7万円と仮定すると、クラウドソーシングでも、実際は152個×7万円で1,000万円程度の制作活動があったのです。それを採用されたものだけに支払うという方式を取ることにより、残りのコストが無かったことになっているだけです。
 これは、既存のルールで戦っている会社は勝てません。あとクラウドソーシングに参加している人たちも、勝てません。利益があるのは、システムを作っている胴元と発注者だけです。システム設計として著しく不均衡ですが、世の中には暇を持て余した高スキルの人というのは沢山いるということで成り立っているのでしょう。儲けは二の次で、評価されれば良いという動機の人も多々いると思います。そうなると、元々それで生計を立てていた人はたまらんやろなぁというのが感想です。


 一方で我が身を省みると、本業の仕事としてAWSの導入コンサルやトレーニングをする一方で、JAWSUGでは無償でハンズオンの手伝いとか設計相談しています。両者について自分の中で整合性を考えたこともなかったですが、この辺りの動きがクラウドソーシングなどの動きと似ているのかもと少し考えました。そもそもオープンソースの成り立ちも同じですね。

まとめ

 クラウドソーシングの定義自体は、ずっと前からしっていました。しかし、身近なものとして考えることがなく別世界のものだと思っていました。どうやら、そうではなさそうですね。この手のものを理解するには、使ってみるのが一番なので何か試してみようと思います。

クラウドソーシングの衝撃 (NextPublishing)

クラウドソーシングの衝撃 (NextPublishing)